Study Notes / 2026 ・ 番外編

ベクトル覚書

言葉を数にする、とはどういうことか

公開

これまでに何度も出てきた言葉

第1回・一章ベクトル化 — 各断片を数千次元の座標に置く 第2回・一章言葉と絵を同じ座標系に置く

説明なしに使ってしまっていた、この「座標」の話です

前の二回を読んでくださった方から、
「ベクトル化がよく分からない」という声をいただきました。
番外編として、図を多めに、そこだけを取り出して書きます。

一

なぜ数字に直すのか

CORE

コンピュータの中身は数字だけです。文字にも番号は振られていますが、その番号は意味を持っていません。だから別に、意味を表す数を用意する必要があります。

文字コードは「意味」ではない

犬29356 いぬ12356 12396 dog100 111 103

同じものを指しているのに、番号はまったく別

「犬」「いぬ」「dog」は同じものを指しますが、番号はばらばらです。逆に、番号がたまたま隣どうしでも、意味が近いとは限りません。文字コードは並べるための背番号であって、意味の目盛りではないからです。

そこで、意味そのものを数で表したい。「近い意味の語には近い数を」という条件を満たす数の組を、語ごとに用意する。これがベクトル化(埋め込み、embedding)です。

二

意味を「位置」で表す

いちばん近いたとえは地図です。試しに、動物と乗り物を二本の軸で並べてみます。

乗り物 生きもの 小さい 大きい 近い 猫 犬 象 自転車 バス

犬と猫は近く、バスは遠い。この「置かれた場所」がベクトル

横軸は大きさ、縦軸は生きものらしさ。すると犬と猫は近くに、バスは遠くに置かれます。この座標そのものがベクトルです。二次元なら数字が二つ、三次元なら三つ。それだけの話です。

POINT

大事なのは、この軸を人が決めていないことです。大量の文章を読みながら「似た文脈に出てくる語は近くへ」を延々とくり返すと、結果としてこういう配置ができあがります。「大きさ」という軸を教えた人はいません。

「王」の近くには「女王」「王国」「即位」が来て、「犬」の近くには「猫」「散歩」「吠える」が来る。文章の中での付き合いの近さが、そのまま座標の近さになります。

三

「近い」はどう測るのか

地図なら定規で測れますが、意味の空間では向きで測るのが普通です。原点から矢印を引いて、その角度を見ます。

犬 猫 バス 原点

犬と猫のあいだの角度は小さく、バスとのあいだは大きい。
この角度で近さを測るやり方を コサイン類似度 と呼ぶ

なぜ長さではなく向きなのか。文章が長ければ数値は大きくなりますし、同じ語がくり返されれば矢印は伸びます。長さは量で変わるが、向きは「何について書かれているか」で決まる。知りたいのは後者です。

値は −1 から 1 のあいだに収まります。1 に近ければほぼ同じ方向、0 なら無関係、マイナスなら反対向き。検索や重複チェックで使われるのは、たいていこの数字です。

四

意味の足し算・引き算

位置として表せると、意味を引いたり足したりできるという不思議なことが起きます。

男 王 女 女王 王らしさ 性別のちがい 同じ向き・同じ長さ

「男から王へ」の矢印と「女から女王へ」の矢印が、ほぼ同じ向き・同じ長さになる

四つの語が、きれいな平行四辺形に並びます。王 − 男 + 女 ≒ 女王。「東京 − 日本 + フランス ≒ パリ」も同じ形です。

ここでも、誰かが「王と女王は性別だけ違う」と教えたわけではありません。膨大な文章の中での使われ方から、意味の差が方向として現れた。第1回で「賢さは予測を突き詰めた副産物」と書きましたが、この平行四辺形も同じ性質の副産物です。

五

実際の姿 ── 数百次元の一列

ここまでは二次元の絵で描いてきましたが、実物は数百から数千の数字が一列に並んだものです。

犬猫バス … … … この先、数百〜数千個までつづく

犬と猫は似た並び、バスは違う並びになる(濃さは値のイメージ)

ここで多くの人がつまずくのですが、一つ一つの数字に名前は付いていません。3番目が大きさで、7番目が生きものらしさ、という表はどこにもない。人が読んで意味の分かるものではないのです。

RULE OF THUMB

それでも困りません。必要なのは読むことではなく、測ることだからです。二つの並びの角度が計算できれば、意味が近いかどうかは分かります。

次元の数(768、1536 など)は、地図の細かさだと思ってください。二次元では「大きさ」と「生きものらしさ」しか区別できませんが、千次元あれば、色、硬さ、時代、丁寧さ、専門分野……と、いくらでも軸を持てます。

六

文脈で動く/何に使えるのか

地図は固定ではない

二章で描いた地図は、いわば辞書です。ところが実際の文では、同じ語でも意味が変わります。

はし 橋 「渡る」が近い 箸 「食べる」が近い

辞書の位置を出発点に、まわりの語を見て位置が書き換えられる

この書き換えを行うのが Attention です(第1回・二章)。辞書としてのベクトルが出発点で、文の中では、まわりの語に応じて座標が動く。二段構えになっている、と捉えると分かりやすいと思います。

何に使えるのか

いちばん実務に近いのは検索です。言葉が一致していなくても、意味が近ければ引ける。

① 社内文書をあらかじめベクトルにして貯めておく
② 質問が来たら、質問もベクトルにする
③ 角度の近い文書を取り出す
④ その文書を渡した上で、モデルに答えさせる

「有給の申請方法」で検索して「休暇届の出し方」の文書が出てくるのは、この仕組みです。第1回・四章で書いた「記憶から取り出させず、材料を渡す」を実現しているのが、まさにここです。

  • 問い合わせの自動分類 ── 近いカテゴリの中心に寄せる
  • 重複・類似の検出 ── 言い回しが違う同じ内容を見つける
  • おすすめ ── 近いものを並べる
  • 画像や音声も同じ空間に置ける(第2回・二章)

なお、ベクトルは元の文章に戻せる形ではありませんが、意味はかなり残ります。社外のサービスへ社内文書のベクトルを送るときは、本文を送るのと同じ感覚で扱うのが安全です。

結 — 一枚まとめ

  1. 文字コードは背番号にすぎない。意味を表す数を別に用意する必要がある。
  2. ベクトル化とは、語を意味の地図の上に置くこと。座標そのものがベクトル。
  3. 軸は人が決めていない。似た文脈に出る語を近くへ、のくり返しで自然にできる。
  4. 近さは距離ではなく向き(角度)で測る。コサイン類似度。
  5. 意味の差が方向として現れるので、引き算・足し算が成り立つ。
  6. 実物は数百次元の数の並び。読めなくてよい、測れればよい。
  7. 辞書としての位置を出発点に、文中では Attention が位置を書き換える。

ベクトル覚書 — 番外編 / 2026.09

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