Science Notes / 2026 ・ No.01
遺伝子ってなに?
細胞でも原子でもない、生命の「情報」のしくみ
公開
「遺伝子」という言葉は毎日のように耳にするのに、その姿を思い浮かべるのは意外と難しいものです。
それは細胞のような生き物の単位なのか、原子のような小さな粒なのか。
なぜ、髪の色から病気のなりやすさ、さらには老いや死にまで関係すると言われるのか。
体の中をズームしながら、図と写真で順番にひもといていきます。
答えを先に ── 遺伝子は「情報」
結論から言うと、遺伝子は細胞のような「生き物の単位」でも、原子のような「物質の粒」でもありません。いちばん近いのは「情報」、つまり文章です。
私たちの細胞の中には、DNAという、とても細長い分子が入っています。DNAには、A・T・G・Cという4種類の「文字」がずらりと並んでいて、その並び順が情報になっています。遺伝子とは、この長い文字列のうち、「体をつくる部品の作り方」が書かれたひとまとまりの区間のことです。
DNAは、とても分厚い料理の本。遺伝子は、その中の1つのレシピです。本そのものは紙とインク(=原子)でできていますが、大事なのは紙ではなく、書かれている文章の中身。遺伝子も同じで、物としてはDNAという分子の一部ですが、その本質は「何が書かれているか」にあります。
体から原子まで、ズームしてみる
遺伝子が「どこに、どんな形で」あるのかを、人の体から順に拡大して見てみましょう。
遺伝子のありかをズームで見る
細胞の数は2013年の研究による推定値(約37兆個)。DNAの長さは、1つの細胞に入っている約60億の文字(塩基対)をまっすぐ伸ばした場合の目安です
人の体は、約37兆個の細胞でできています。そのほとんどの細胞の真ん中に核という小さな袋があり、DNAはその中にしまわれています。
驚くのはその長さです。1つの細胞に入っているDNAをまっすぐ伸ばすと、約2メートルにもなります。それが、直径が100分の1ミリにも満たない核の中に収まっているのです。秘密は「糸巻き」。DNAはヒストンというタンパク質に巻きつき、さらにそれが何重にも折りたたまれて、コンパクトに収納されています。
さらに拡大すると、DNAは2本の鎖がらせん状によじれた二重らせん。その鎖をつくっているのは、炭素・水素・酸素・窒素・リンといった、ごくありふれた原子です。つまり、遺伝子を「物」として見れば、原子が規則正しくつながった分子の一部。でも、その価値は原子そのものではなく、A・T・G・Cの並び順にあります。
細胞・原子・遺伝子を比べる
「遺伝子は細胞みたいなもの?原子みたいなもの?」という疑問に、表で答えてみます。
| 細胞 | 原子 | 遺伝子 | |
|---|---|---|---|
| 何の単位? | 生命の単位(生きている最小のまとまり) | 物質の単位 | 遺伝情報の単位 |
| 正体 | 膜で包まれた小さな袋 | 原子核と電子 | DNAの文字列の、ある区間 |
| 大きさ | 多くは0.1mm以下 | 約0.1ナノメートル | 数百文字から200万文字以上まで |
| 人の体では | 約37兆個 | 数えきれない | タンパク質の設計図は約2万個 |
| それだけで生きている? | はい | いいえ | いいえ(読み取られて初めて働く) |
では、DNAの文字列の上で、遺伝子はどんなふうに並んでいるのでしょうか。ごく一部を拡大すると、こんなイメージです。
DNAの文字列と、遺伝子という「区間」(イメージ)
本物の遺伝子は、数百から数百万文字の長さがあります。図は短く縮めたイメージです
本にたとえると、全体の関係はこうなります。
- ゲノム ── 1人分の全情報。約30億文字の大全集
- 染色体 ── その全集の「巻」。人は23巻を、父と母から1セットずつ、計46冊持っている
- 遺伝子 ── 1つのレシピ。タンパク質の設計図になっているものは約2万個
- コドン ── 3文字でできた「単語」。1つの単語が、1つのアミノ酸を表す
- 塩基 ── A・T・G・Cの4種類の「文字」
実は、タンパク質の設計図として読まれる部分は、ゲノム全体の約1.5%しかありません。残りには、遺伝子のスイッチ(いつ、どれだけ使うかを決める部分)や、RNAという別の分子の設計図、そして役割がまだよくわかっていない部分が含まれています。
遺伝子はどうやって見つかったか
遺伝子が「情報」だというのは、その発見の歴史を見るとよくわかります。遺伝子は、顕微鏡で見つかるより先に、「目に見えないけれど、確かにあるはずの単位」として考え出されたのです。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1865 | メンデルがエンドウ豆の交配実験から、親の特徴は粒のような「要素」として子に伝わると発表 |
| 1909 | ヨハンセンが、その要素を「遺伝子(gene)」と名づける。正体はまだ不明 |
| 1944 | エイブリーらが、遺伝情報を運ぶ物質はタンパク質ではなくDNAだと示す |
| 1953 | ワトソンとクリックが、DNAが二重らせんであることを発表。文字がペアになる仕組みから、コピーのしかたも見えてきた |
| 2003 | ヒトゲノム計画で、人のDNAの文字の並びがほぼすべて読み取られる |
メンデルの時代には、遺伝子は「計算上の存在」でした。それが約90年かけて、DNAという分子の上に書かれた文字の並びだとわかったのです。
設計図からタンパク質へ
遺伝子は、書かれているだけでは何もしません。読み取られて、タンパク質がつくられて、初めて働きます。その流れは、どの生き物でもほぼ共通です。
遺伝子が働くまでの2ステップ(転写と翻訳)
ATG(mRNAではAUG)は、多くの遺伝子で「ここから読み始める」という合図にもなっています
- 転写 ── 核の中で、必要な遺伝子の部分だけを、mRNAというコピーに写し取ります。大事な原本(DNA)は核から出さず、コピーだけを持ち出すわけです
- 翻訳 ── 核の外で、リボソームという「工場」がmRNAを3文字ずつ読み、対応するアミノ酸を1つずつつないでいきます
- 折りたたみ ── つながったアミノ酸の鎖が、決まった形に折りたたまれて、タンパク質が完成します
4種類の文字を3つ並べると、組み合わせは64通り。これで20種類のアミノ酸と「読み終わり」の合図を指定しています。こうしてできるタンパク質こそが、体の中の実際の働き手です。
| タンパク質の仕事 | 例 |
|---|---|
| 化学反応を進める(酵素) | 食べ物を分解する消化酵素、お酒を分解する酵素 |
| 体の材料になる | 皮膚や骨のコラーゲン、髪や爪のケラチン、筋肉の繊維 |
| ものを運ぶ | 酸素を運ぶ赤血球のヘモグロビン |
| 信号を伝える | 血糖値を下げるホルモンのインスリン |
| 体を守る | ウイルスや細菌にくっつく抗体 |
なぜ遺伝子はこんなに影響力があるのか
文字の並びにすぎない遺伝子が、なぜ生き物にここまで大きな影響を持つのでしょうか。理由は大きく4つあります。
1. すべての細胞が、同じ全集を持っている
私たちは、たった1つの受精卵から始まります。受精卵が分裂するたびに、DNAは2本の鎖をほどいて、それぞれを型にして正確にコピーされます(AにはT、GにはCがつくので、片方があればもう片方を復元できます)。こうして、37兆個の細胞のほとんどが、同じ全集を1セットずつ持つことになります。
2. 体をつくり、動かす「道具」のレシピだから
前の章で見たように、体の材料も、化学反応も、信号も、守りも、実際に担っているのはタンパク質です。そのすべての作り方が遺伝子に書かれているので、遺伝子が変われば、体のあらゆる場所に影響が及びえます。
3. スイッチで、使うページを切り替えている
神経の細胞も、筋肉の細胞も、持っている全集は同じです。違うのはどのページを開いているか。細胞は、遺伝子のスイッチを入れたり切ったりして、必要な遺伝子だけを使っています。だから、同じ設計図から、まったく違う形と働きの細胞が生まれるのです。
同じ全集、違うページ(イメージ)
実際には、1つの細胞で何千もの遺伝子が、場面に応じて細かく調節されています
4. 親から子へ、受け継がれるから
人は、ほとんどの遺伝子を2つずつ持っていて、1つは父から、もう1つは母から受け取ります。文字の並びは人どうしで99%以上が同じですが、残りのわずかな違いが、顔立ちや体質の個性になります。ときには、たった1文字の違いでタンパク質の形が変わり、病気の原因になることもあります(たとえば鎌状赤血球症)。
生老病死は、遺伝子が決めているのか
ここがいちばん気になるところでしょう。答えは、「遺伝子が決めていること」と「遺伝子だけでは決まらないこと」がある、です。
生 ── 1つの細胞から体をつくるプログラム
受精卵がどんな順番で分裂し、どこが頭になり、どこが手になるか。この体づくりの手順は、遺伝子に書かれたプログラムにそって進みます。おもしろいのは、そのプログラムに「細胞が自ら死ぬ」手順まで含まれていること。おなかの中の赤ちゃんの手は、はじめは指の間がつながっていて、その間の細胞が決められたとおりに消えることで、5本の指が分かれます。この「プログラム細胞死」のしくみを解き明かした研究には、2002年のノーベル生理学・医学賞が贈られました。大人の体でも、毎日1兆個を超える細胞がこうして入れ替わっています。
老 ── 回数券と、少しずつたまる傷
染色体の両端にはテロメアという「キャップ」があり、細胞が分裂するたびに少しずつ短くなります。いわば分裂の回数券で、胎児の細胞でも約50回分裂すると、それ以上は増えない「老化細胞」になります。また、DNAは毎日のように紫外線や放射線、活性酸素などで傷つき、修復しきれなかった傷が年とともに積み重なっていきます。
では、寿命そのものは遺伝で決まっているのでしょうか。4億人を超える家系図のデータを分析した2018年の研究では、寿命の違いのうち遺伝で説明できるのは1割未満(7%以下)と推定されました。長生きの家系に見えても、その多くは、似た暮らし方や環境を共有していることによるのです。
病 ── ほぼ決まる病気と、「なりやすさ」が変わる病気
病気と遺伝子の関係は、大きく分けて2種類です。
- 1つの遺伝子の変化で、ほぼ決まる病気 ── たとえばハンチントン病は、HTTという遺伝子の中の「CAG」という3文字の繰り返しが長くなりすぎることで起こります。40回以上ではほぼ確実に発症し、多くは30〜40代で症状が出ます。親から変化した遺伝子を1つ受け継ぐだけで発症するタイプです
- たくさんの遺伝子と、環境がからみあう病気 ── 2型糖尿病や高血圧など、身近な病気の多くはこちら。小さな影響を持つ遺伝子の違いが何百と重なって「なりやすさ」を変え、そこに食事や運動、睡眠などが加わって決まります
がんも遺伝子の病気ですが、多くは親から受け継いだものではありません。生きているうちに体の細胞のDNAに傷がたまり、細胞の増殖のブレーキが壊れることで起こります。こうした体の細胞の変化は、子どもには遺伝しません。
死 ── 細胞の死はプログラム、人の寿命は台本ではない
細胞レベルでは、死はたしかに遺伝子のプログラムの一部です。けれど、人が何歳で亡くなるかを決める「死の遺伝子」があるわけではありません。老化には、テロメア、DNAの傷、体の修復力など、多くの遺伝子と環境、そして偶然がかかわっています。
遺伝子の影響が大きいもの、環境の影響が大きいもの
身長は「差のおよそ8割が遺伝の違いで説明できる」という推定(米国国立医学図書館 MedlinePlus)、寿命は2018年の大規模研究の推定です
この記事は、遺伝子のしくみを知るための読みものです。病気の遺伝や遺伝子検査について心配なことがあるときは、医師や遺伝カウンセラーに相談してください。
結 — 一枚まとめ
- 遺伝子は細胞でも原子でもなく、情報。物としては、DNAという分子に並ぶA・T・G・Cの文字列の一区間。
- DNAは核の中で糸巻きのように折りたたまれ、46本の染色体に分かれている。1細胞分を伸ばすと約2m。
- 遺伝子は転写と翻訳で読み取られ、体の働き手であるタンパク質になる。
- 影響力の理由は、全細胞が同じ全集を持ち、スイッチで使い分け、親から子へ受け継がれるから。
- 生老病死のうち、体づくりや一部の病気は遺伝子が強く決めるが、寿命の大部分や多くの病気は環境と生き方しだい。遺伝子は運命の台本というより、演奏しだいで響き方が変わる楽譜。
参考
- NHGRI ── A Brief Guide to Genomics
- NHGRI ── Exome(エクソームはゲノムの約1.5%)
- NHGRI ── Genetic Timeline
- MedlinePlus Genetics ── What is DNA?
- MedlinePlus Genetics ── What is a gene?
- MSDマニュアル家庭版 ── 遺伝子と染色体
- 文部科学省「一家に1枚ヒトゲノムマップ」 ── 遺伝子の数について
- Bianconi ほか(2013)── 人体の細胞数の推定
- The Physics Factbook ── Length of a Human DNA Molecule
- MedlinePlus Genetics ── Is height determined by genetics?
- MedlinePlus Genetics ── Huntington disease
- Ruby ほか(2018, GENETICS)── 寿命の遺伝率の推定
- ノーベル財団 ── 2002年 生理学・医学賞(プログラム細胞死)
- 健康長寿ネット ── 細胞・個体の老化
数値は、記事を書いた2026年10月時点で公開されている資料による推定値です。遺伝子の数などは、研究の進み方や数え方によって変わります。写真は Wikimedia Commons でパブリックドメインまたは再利用が認められているもので、撮影者とライセンスは各写真の下に記しました。図は筆者が作成しました。
科学ノート No.1 — 遺伝子ってなに? / 2026.10