Food Notes / 2026 ・ No.07
日本酒のはなし
米と水と麹がつくる、1300年の物語
公開
原料は、米と水と麹。たったそれだけなのに、果物のような華やかな香りの酒もあれば、お米のうまみがどっしり響く酒もある。
冷やしても、温めても楽しめて、季節ごとに表情を変える──日本酒は、とても懐の深いお酒です。
この記事では、世界でも珍しい造り方の秘密、ラベルの読み方、1300年の歴史、全国の酒どころ、そしておいしい飲み方まで、日本酒の世界をめぐります。
日本酒とは
日本酒(清酒)は、米と米麹と水を主な原料に発酵させ、こして造るお酒です。ワインやビールと同じ「醸造酒」の仲間ですが、造り方はとても独特。アルコール度数は15度前後のものが多く、醸造酒のなかでは高めです。
2015年には「日本酒」という名前が地理的表示(GI)に指定され、日本産の米を使って日本国内で造った清酒だけが「日本酒」を名乗れるようになりました。そして2024年12月、麹菌を使う日本の「伝統的酒造り」が、ユネスコの無形文化遺産に登録されています。
酒蔵の軒先に吊るされた、杉の葉を丸めた杉玉(酒林)を見たことがありますか? 青々とした杉玉は「今年の新酒ができました」の合図。それが少しずつ茶色に枯れていくのを見ながら、季節とともにお酒の熟成を楽しむのが、日本酒ならではの風情です。
世界でも珍しい造り方
お酒のアルコールは、酵母が糖を食べてつくります。ところが、米に含まれているのは糖ではなくでんぷん。そこで活躍するのが麹(こうじ)です。蒸した米に麹菌を育てた米麹は、でんぷんを糖に変える酵素をたっぷり持っています。
面白いのは、日本酒ではこの「でんぷん→糖」(糖化)と「糖→アルコール」(発酵)が、同じタンクの中で同時に進むこと。これを並行複発酵といいます。ぶどうの糖をそのまま発酵させるワインや、先に糖化してから発酵させるビールとは違う、世界でも珍しい造り方です。
米が日本酒になるまで
もろみは、麹・蒸米・水を3回に分けて仕込みます(初添・仲添・留添の「三段仕込み」)。一度にたくさん入れると酵母が負けてしまうので、少しずつ量を増やしながら育てていくのです。
酒造りに向いた米は酒造好適米(酒米)と呼ばれ、粒が大きく、中心に心白という白くやわらかい部分があるのが特徴です。いちばん有名なのは1923年に兵庫県で生まれた山田錦で、酒米の生産量の約4割を占めます。新潟生まれの五百万石が約2割で続き、岡山の雄町も根強い人気です。
ラベルの読み方 ── 純米・吟醸・大吟醸
日本酒のラベルにある「純米」「吟醸」「大吟醸」。これは国が定めた特定名称酒の種類で、2つのものさしで決まります。
- 精米歩合:玄米をどこまで削ったか。60%なら、外側の40%を削り取ったという意味。米の外側にはたんぱく質や脂質が多く、雑味のもとになるので、よく削るほどすっきり華やかな味わいになります。
- 醸造アルコールを使うか:「純米」とつくのは、米と米麹だけで造ったお酒。つかないものは、香りを引き立てたり軽やかにしたりするために、醸造アルコールを少し加えています。
どこまで削る? 精米歩合と特定名称酒
吟醸酒・大吟醸酒は「吟醸造り」(低温でゆっくり発酵させる造り方)で造られ、果物のような「吟醸香」が特徴です
もうひとつ、ラベルでよく見るのが日本酒度。お酒の比重から計算する数字で、プラスが大きいほど糖分が少なく辛口、マイナスが大きいほど甘口の目安になります。ただし、同じ糖分でも酸が多いと辛く感じるので、「酸度」とあわせて見るのがコツです。
「大吟醸がいちばんえらい」というわけではありません。香り高い大吟醸は冷やしてワイングラスで、お米のうまみがしっかりした純米酒は燗で、と、それぞれに輝く場面があります。
1300年の歴史
神さまのお酒、お寺のお酒
米麹を使った酒造りがはじめて記録に登場するのは、716年ごろの『播磨国風土記』。神さまに供えた米に「かび」が生えたので、それで酒を造って宴を開いた──という話が残っています。奈良・平安時代には朝廷に造酒司(みきのつかさ)という役所が置かれ、宮中の酒を造りました。
室町時代から戦国時代にかけて名声を得たのが、奈良などの大寺院で造られた僧坊酒です。奈良の正暦寺は、乳酸発酵を生かした酒母「菩提酛」の原形が生まれた寺として知られます。1576年以降の記録には、麹米にも掛米にも白米を使う「諸白(もろはく)」が登場し、「南都諸白」として高く評価されました。いまの清酒に通じる技は、このころにほぼ出そろったといわれます。
灘の酒が、船で江戸へ
江戸時代になると、冬の寒い時期に集中して造る寒造りが定着し、農閑期の出稼ぎで集まる職人集団から杜氏の制度が生まれました。
大消費地・江戸の人々が好んだのは、上方から船で運ばれる「下り酒」。はじめは伊丹の酒が名声を得て、やがて海に近い灘が台頭します。酒樽だけを積んだ樽廻船は、大坂から江戸まで、17世紀後半には平均1か月かかっていたのが、幕末には10日〜2週間にまで短縮されました。江戸後期には、江戸で飲まれる酒の約8割が灘の酒だったといいます。ちなみに、上方から下ってこない、つまらないものを「くだらない」というのは、この下り酒から来たという俗説もあります。
1840年には、灘で宮水(みやみず)が見いだされます。西宮の井戸水で造った酒が格別だったことから、酒造りに向いた名水として知られるようになりました。
科学の時代、そして世界へ
1904年には国立の醸造試験所ができ、すぐれた酵母を選んで全国の蔵に配る「協会酵母」の仕組みも生まれました。勘と経験に科学が加わり、品質が大きく安定していきます。
一方、戦後の米不足の時代には、醸造アルコールや糖類で量を増やした酒(増醸酒)も造られましたが、2006年の酒税法改正で清酒の定義から外れました。日本酒の出荷量は1975年度の約175万kLをピークに減り、2023年度は約39万kLとピーク時の2割ほど。けれどもその間に、吟醸酒や純米酒など「量より質」の酒が花開きました。
そしていま、日本酒は世界へ。2025年の輸出額は約459億円で、輸出先は過去最多の81の国と地域に広がりました。国別では中国(約133億円)と米国(約110億円)が2本柱です。
年表で見る日本酒の歩み
酒どころをめぐる
日本酒は北海道から沖縄まで全国で造られていて、清酒を造る事業者は全国で約1,200あります。よい米と、よい水と、冬の寒さ──この3つがそろう土地に、名高い酒どころが生まれました。国税庁の調査では、出荷量(課税移出数量)の上位は兵庫県・京都府・新潟県、事業者の数では新潟県・長野県・福島県・兵庫県・山形県が上位に並びます。地図の番号を押すと、それぞれの説明へ移動します。
北から南へ、酒どころマップ
1. 秋田
米どころであり、雪国でもある秋田は、出荷量で全国5位に入る酒どころです。
2. 山形
清酒を造る事業者の数で全国5位。2016年には、県単位で全国で初めての清酒の地理的表示「山形」が指定されました。
3. 新潟 ── 蔵の数 日本一、「淡麗」の故郷
新潟は、酒蔵の数が全国でいちばん多い県です。冬に積もった雪がゆっくり溶けてできる、ミネラルの少ない軟水は、発酵を穏やかに進め、きめ細かくすっきりした酒を生みます。1957年に誕生した酒米「五百万石」、越後杜氏の技、そして1984年に開校した「新潟清酒学校」で若手を育てる仕組みが、「新潟淡麗」と呼ばれる味わいを支えています。
4. 会津(福島)
福島県は事業者の数で全国3位タイ。とくに会津地方には蔵が多く、2024年には「南会津」と「喜多方」が清酒の地理的表示に指定されました。
5. 長野
清酒を造る事業者の数は、新潟に次いで全国2位。山あいの各地に酒蔵が点在し、地理的表示「長野」「信濃大町」も指定されています。
6. 伏見(京都) ── やわらかな「女酒」
京都府は出荷量で全国2位。その中心が伏見です。伏見の水「伏水」は硬度が80前後の中硬水で、灘より発酵が穏やかに進むため、糖分が残りやすく、口あたりのやわらかな「女酒」と呼ばれてきました。
7. 奈良 ── 清酒のふるさと
室町時代の僧坊酒や「南都諸白」の舞台となった奈良は、いまの清酒につながる技術が育った土地です。正暦寺は、菩提酛ゆかりの寺として知られています。
8. 伊丹(兵庫) ── 江戸の人気者
江戸時代前期に「伊丹諸白」「丹醸」と呼ばれて名を馳せた名醸地。江戸へ下る酒の主役でした。2024年には「伊丹」が清酒の地理的表示に指定されています。
9. 灘(兵庫) ── 出荷量日本一、力強い「男酒」
兵庫県は出荷量で全国1位。その中心が、神戸市から西宮市にかけての灘五郷です。宮水は硬度が約180の硬水で、酵母が元気に働いて糖分をよく食べるため、きりっとした辛口の「男酒」になるといわれます。酒米の王様・山田錦の産地が近いのも強み。2018年には「灘五郷」が地理的表示に指定されました。
10. 西条(広島) ── 軟水を克服した酒どころ
ミネラルの少ない軟水は、酵母の働きが弱く、昔は酒が腐ってしまうこともありました。明治の末、広島の三浦仙三郎は、自分の蔵の失敗の原因が軟水にあると考え、実験を重ねて軟水醸造法を確立します。この技術が広島の酒を名酒に押し上げ、赤れんがの煙突が並ぶ西条は、いまも全国有数の酒の町です。
11. 佐賀
九州は焼酎のイメージが強いものの、佐賀は日本酒の酒どころ。2021年に、県全体を産地とする地理的表示「佐賀」が指定されました。
温度で変わる、おいしい飲み方
日本酒のいちばんの魅力は、温度で表情が変わること。冷やせば香りが引き締まってすっきりと、温めればお米のうまみや甘みがふくらみます。温度ごとに、こんなに美しい呼び名がついています。
5℃から50℃まで、温度の呼び名
- 香りを楽しむ吟醸酒・大吟醸酒は、花冷え〜涼冷えくらいに冷やして、ワイングラスで。
- うまみの豊かな純米酒や本醸造酒は、ぬる燗〜上燗に温めると、まろやかさが増します。燗は、徳利ごとお湯につける湯せんでゆっくりと。
- 升に入れたグラスにあふれるまで注ぐ「もっきり」は、お店の心意気。こぼさないよう、まずはグラスに口を近づけてひと口どうぞ。
そして、日本酒を飲むときの合言葉は「和らぎ水(やわらぎみず)」。お酒と同じくらいの量の水を合間に飲むと、酔いがゆるやかになり、舌もリセットされて、次の一杯がまたおいしく感じられます。
20歳未満の飲酒は法律で禁止されています。妊娠中・授乳中の飲酒は避け、飲酒運転は絶対にやめましょう。お酒は適量を守り、体調にあわせて楽しんでください。
結 — 一枚まとめ
- 日本酒は米・米麹・水から。糖化と発酵が同時に進む並行複発酵は、世界でも珍しい造り方。
- ラベルは精米歩合と醸造アルコールの有無で読む。純米は米と米麹だけ、大吟醸は50%以下まで削る。
- 716年の播磨国風土記から、僧坊酒、江戸の下り酒、科学の時代を経て、2024年にユネスコ無形文化遺産へ。
- 出荷量は兵庫・京都・新潟が上位。蔵の数は新潟が日本一。水の違いが、灘の男酒・伏見の女酒を生む。
- 雪冷えから熱燗まで、温度で変わる味を楽しもう。お供に和らぎ水を。
参考
- 国税庁 ── 日本の酒類の歴史(播磨国風土記・僧坊酒・諸白・樽廻船・醸造試験所)
- nippon.com ── 灘の酒と宮水
- 国税庁 ── 清酒の製法品質表示基準(特定名称酒)
- 農林水産省 aff ── 日本酒ができるまで(並行複発酵・酒米)
- マイナビ農業 ── 酒造好適米(山田錦・五百万石・雄町)
- 国税庁 ── 清酒製造業の概況(都道府県別の出荷量・事業者数)
- 国税庁 ── 酒のしおり(課税数量の推移)
- 現代ビジネス ── 名醸地の仕込み水(宮水・伏水・軟水醸造)
- にいがた観光ナビ ── 新潟の日本酒
- 国税庁 ── 酒類の地理的表示一覧
- 国税庁 ── 伝統的酒造り(ユネスコ無形文化遺産)
- nippon.com ── 2025年の日本酒輸出
- 現代ビジネス ── 日本酒度と甘口・辛口
- FUN! JAPAN ── 日本酒の温度と呼び名
- 和樂web ── 杉玉(酒林)
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グルメノート No.7 — 日本酒のはなし / 2026.10