Food Notes / 2026 ・ No.03

天ぷらのはなし

南蛮渡来の揚げ物が、江戸の屋台で名物になるまで

公開

木のテーブルに、海老やキス、野菜の天ぷらを盛った皿と、ご飯、天つゆ、赤だしの味噌汁が並ぶ天ぷら定食
揚げたての天ぷら定食。ご飯、天つゆ、味噌汁が添えられた、いちばん身近な天ぷらのかたちです写真:Ocdp / Wikimedia Commons(CC0、トリミング・縮小)

さくっと軽い衣の中で、海老はぷりっと、キスはふわっと、野菜は甘く。
寿司・そば・うなぎと並んで「和食」の顔になった天ぷらですが、もとをたどると、海の向こうから来た料理でした。
この記事では、天ぷらの歴史を年表とイラストでたどり、関東と関西の違い、定番のタネ、
おいしく揚がるしくみ、そして一度は訪れたい老舗の名店まで、ひと皿ずつ紹介します。

一

天ぷらとは

天ぷらは、魚介や野菜に、小麦粉を水(と卵)で溶いた衣をつけて、油で揚げた料理です。から揚げのように下味をつけた肉ではなく、素材そのものの味を、薄い衣で閉じ込めて楽しむのが特徴。衣の中で具が蒸し焼きのような状態になるので、魚はふっくら、野菜は甘く仕上がります。

漢字では「天麩羅」「天婦羅」と書きますが、これは当て字です。語源にはいくつかの説があり、ポルトガル語で「調理」を意味する tempero から来たという説が有力とされています(ほかにスペイン語・ポルトガル語の「テンポラ(キリスト教の斎日)」説なども)。ただ、決定的な証拠はまだ見つかっていません。

二

南蛮から江戸へ ── 天ぷらの歴史

南蛮料理として長崎へ

16世紀、ポルトガルの船が日本にやってきた南蛮貿易の時代に、衣をつけて油で揚げる西洋の調理法が伝わったとされています。長崎には、砂糖や酒を混ぜた厚めの衣をラードで揚げる「長崎天ぷら」が生まれ、これが日本の天ぷらのルーツのひとつと考えられています。

よく知られた話に、徳川家康が鯛の天ぷらを食べて亡くなったという逸話があります。1616年、家康が鷹狩の途中で、京で評判だという「鯛を榧(かや)の油で揚げ、にらをすりかけた料理」を食べ、その夜更けに腹痛を起こしたのは記録に残る話です。ただし、亡くなったのは3か月ほど後で、死因は胃がんだったという見方が有力。今の天ぷらと同じ料理だったかもはっきりせず、「天ぷらで死んだ」というのは俗説と考えておくのがよさそうです。

江戸の屋台で庶民の味に

「てんぷら」という言葉は、1669年の料理書『料理食道記』に「てんふらり」の名で登場します。江戸流の衣揚げがはっきり書かれるのは、1748年の『料理歌仙の組糸』で、「何の魚でもうどん粉をまぶして油で揚げる」と説明されています。

天ぷらが大ブレイクしたのは、18世紀後半の江戸の屋台です。目の前の江戸前の海でとれた魚介に衣をつけ、ごま油で揚げて串に刺し、大根おろしを添えた天つゆにつけて、立ったまま食べる。手軽で安いファストフードとして、そば、寿司とならぶ江戸の人気メニューになりました。

江戸の天ぷら屋台(イメージ)

天麩羅 ごま油の鍋で揚げる 串に刺して大皿に 天つゆ・大根おろし 立ったまま食べる

串に刺して大皿に並べ、お客は好きなものを取って食べました。図は当時の様子をもとにした筆者のイメージです

浮世絵。海辺の通りに屋台や茶屋が並び、提灯がともる中を大勢の人が行き交う。沖には船の帆柱が並ぶ
歌川広重「新撰江戸名所 高輪廿六夜之図」。月の出を待つ夜、海沿いの高輪には食べ物の屋台が軒を連ねました。天ぷらも、こうした江戸の屋台の味でした写真:Utagawa Hiroshige / The Metropolitan Museum of Art / Wikimedia Commons(CC0、トリミング・縮小)

屋台から、店へ、お座敷へ

江戸後期になると、そばの具としての天ぷらそばや、天ぷら茶漬けも登場します。嘉永年間(1848〜54年)ごろからは、屋台だけでなく店を構える天ぷら屋も増え、明治に入ると、銀座の天金や新橋の橋善といった名店が評判になりました。

明治7〜8年(1874〜75年)ごろには、神田の「仲野」が天丼を考案したと伝えられています。大正時代には、お客の目の前で揚げたてを出す「お座敷天ぷら」が登場し、天ぷらは屋台の軽食から、ごちそうへと格を上げていきました。

そして1923年の関東大震災。東京の天ぷら職人の多くが関西へ移り住んだことで、阪神地区の天ぷらの技術が向上したといわれています。こうして江戸の天ぷらは、全国へ広がっていきました。

年表で見る天ぷらの歩み

16世紀 南蛮貿易で、衣をつけて揚げる料理が長崎へ 1616 家康、鯛の揚げ物を食べる(天ぷらが死因は俗説) 1669 『料理食道記』に「てんふらり」の名 1748 『料理歌仙の組糸』に江戸流の衣揚げ 1780年代 江戸の屋台で、串に刺した天ぷらが人気に 江戸後期 天ぷらそば・天ぷら茶漬けが登場 1848–54 嘉永ごろ、店を構える天ぷら屋が増える 1874頃 神田の「仲野」が天丼を考案したとされる 大正 目の前で揚げる「お座敷天ぷら」が登場 1923 関東大震災。東京の職人が関西へ移り、技が広まる

年代は諸説あるものを含みます。家康の話は記録に残る出来事ですが、天ぷらが死因というのは俗説です

三

関東と関西、西日本の「てんぷら」

天ぷらは全国どこでも食べられますが、地域によってスタイルに違いがあります。よく言われるのが関東と関西の違いです。

江戸で育った関東の天ぷらは、魚介の生臭さを消すために香りの強いごま油を使い、卵を入れた衣を高温でさっと揚げるのが基本。色はこんがりときつね色で、天つゆと大根おろしで食べます。一方の関西の天ぷらは、上方で好まれた野菜の「精進揚げ」の流れもあって、くせの少ない油で、卵を入れない衣を低めの温度でじっくり揚げ、白っぽく軽い仕上がりに。素材の味を生かすため、塩で食べることが多いといわれます。

関東と関西、天ぷらの違い(傾向)

関東(江戸前) 魚介が主役・濃いきつね色 関西 野菜も多く・白っぽく軽い 油 ごま油 サラダ油・綿実油 衣 卵を入れる 卵を入れない 揚げ 高温でさっと 低温でじっくり つけ 天つゆ+大根おろし 塩が好まれる ※ あくまで傾向です。店や家庭によってさまざまです

西日本で「てんぷら」といえば……

もうひとつ面白いのが、言葉の違いです。九州や中国・四国地方など西日本では、魚のすり身を油で揚げた、いわゆるさつま揚げのことを「てんぷら」と呼ぶ地域があります。江戸時代末期の風俗をまとめた『守貞謾稿』にも、京坂ではすり身を揚げたものを「てんぷら」と呼び、江戸のてんぷらは「つけ揚げ」と呼ぶ、という趣旨の記述が残っています。西日本で「てんぷら買ってきて」と頼まれたら、衣の天ぷらではなく練り物のことかもしれません。

和紙の上に、平たい丸形のさつま揚げが4枚並んでいる
鹿児島のさつま揚げ。西日本では、こうした魚のすり身揚げを「てんぷら」と呼ぶ地域があります写真:Sakurai Midori / Wikimedia Commons(CC BY 2.5、トリミング・縮小)

ルーツとされる「長崎天ぷら」は、砂糖と酒を混ぜた分厚い衣をラードで揚げたもの。衣そのものに味がついているのが、江戸の天ぷらとの大きな違いです。

四

定番のタネ図鑑

天ぷらにする具材を「タネ」と呼びます。揚げられるものなら何でも天ぷらになりますが、まずは定番を知っておきましょう。

天ぷら盛り合わせ、ひと皿の中身

海老 大葉(青じそ) しいたけ キス なす ししとう イカ かぼちゃ かき揚げ 天つゆ 塩

お店では、魚介と野菜を交互に、揚げたそばから1品ずつ出してくれることもあります

タネ味わい・魅力
海老天ぷらの主役。尾までぴんとまっすぐに揚がった姿が美しく、ぷりっとした食感と甘み
キス白身の小魚を開いて揚げたもの。ふんわり軽く、淡い甘み
穴子一本揚げにすることも多い、江戸前天ぷらの花形。外はさくっと、中はふわふわ
イカやわらかな歯ごたえと甘み。かき揚げに入れても
野菜なす、かぼちゃ、さつまいも、しいたけ、ししとう、れんこん、大葉など。衣の中で蒸されて甘みが増す
かき揚げ小さく切った魚介や野菜を衣でまとめて揚げたもの。小柱(貝柱)や小海老、玉ねぎ、にんじんなど
和紙を敷いたざるの上に、尾のついたキスの天ぷらが1尾
キス。開いた身はふわっと軽く、淡い甘みがあります。江戸前天ぷらの代表格です写真:Zheng Zhou / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、トリミング・縮小)
器に、ししとう、なす、オクラなどの野菜の天ぷらが盛られ、横に天つゆが添えてある
野菜の天ぷら。ししとう、なす、オクラなど。衣の中で蒸されて、野菜の甘みが引き立ちます写真:pelican / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0、トリミング・縮小)
和紙を敷いた器に、海老や玉ねぎ、にんじんなどを小さく切って衣でまとめたかき揚げ
かき揚げ。小さく切った魚介や野菜を衣でまとめて揚げたもの。ざくざくした食感が楽しい一品です写真:pelican / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0、トリミング・縮小)

変わり種では、新宿の老舗「つな八」が元祖といわれるアイスクリームの天ぷらも。衣をさっと揚げるので、外は熱く、中は冷たいままです。

五

天丼と天ぷらそば

天ぷらは、ご飯やそばと組み合わせることで、さらに身近になりました。

天丼は、天ぷらを甘辛いタレにくぐらせてご飯にのせた丼です。明治の初めに神田で生まれたと伝えられ、明治の末には「誰でも知っている料理」として雑誌で紹介されるほど広まりました。タレを吸った衣と、タレのしみたご飯の組み合わせは、揚げたてとはまた違うおいしさです。

どんぶりのご飯の上に、海老やかぼちゃ、ししとうなどの天ぷらがのり、横に味噌汁
天丼。甘辛いタレをくぐらせた天ぷらをご飯にのせた、明治生まれの丼です写真:Ocdp / Wikimedia Commons(CC0、トリミング・縮小)
どんぶりから大きくはみ出した、濃い茶色のタレをまとった海老天の天丼。手前に「大黒家天麩羅」と書かれた箸袋
浅草・大黒家天麩羅の天丼。ごま油で揚げた天ぷらを濃いめの甘辛いタレにくぐらせた、下町らしい一杯です写真:江戸村のとくぞう / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、トリミング・縮小)

天ぷらそばは江戸後期から食べられてきた組み合わせ。今では、立ち食いそば店のかき揚げそばや、海老天をのせたそば・うどんが定番です。つゆを吸ってしんなりした衣も、さくさくの衣とはまた別の楽しみがあります。

温かいそばの上に大きなかき揚げがのり、ねぎとわかめが添えてある
かき揚げそば。立ち食いそばの定番。つゆを吸ったかき揚げもまたおいしいものです写真:毒島みるく / Wikimedia Commons(CC0、トリミング・縮小)
六

さくっと揚がるしくみ

天ぷらがさくっと軽く揚がるのは、衣の中の水分が一気に蒸発して、細かいすき間ができるからです。揚げているときに出る細かな泡は、その水分が蒸気になって出ていくしるし。おいしく揚げるコツは、だいたい次の3つです。

  • 衣は冷たく、混ぜすぎない。冷水と冷えた粉を使い、揚げる直前にさっくり混ぜます。混ぜすぎたり温かかったりすると、小麦粉のグルテンが粘りを出して、重い衣になります。粉が少し残っているくらいでOK。
  • 油の温度は170〜180℃が目安。野菜はやや低め、海老などの魚介はやや高めに。
  • 一度にたくさん入れない。具を入れすぎると油の温度が下がり、べたっとした仕上がりになります。

衣をひとしずく落として、油の温度を見分ける

150〜160℃ 低い 衣が底まで沈んで、 ゆっくり浮く 170〜180℃ 適温 途中まで沈んで、 すぐ浮き上がる 190℃〜 高すぎ 沈まずに表面で パッと散る ※ 箸の先につけた衣を落として見る目安。野菜はやや低め、海老などはやや高め
黒い鍋の中で、たっぷりの油が細かく泡立ち、衣をつけた具が揚がっている
揚げている最中の天ぷら。細かな泡は、具と衣の水分が蒸気になって出ていくしるしです写真:Kentin / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0、トリミング・縮小)
七

一度は訪れたい老舗

天ぷらの本場・東京には、江戸や明治から続く老舗がいまも暖簾を守っています。創業の古い順に、代表的なお店を紹介します。

店名創業エリアひとこと
三定天保8年(1837年)浅草・雷門天保年間から続く、江戸生まれの老舗。雷門のすぐそば
天國明治18年(1885年)銀座江戸前天丼と、タネを詰めて一気に揚げるかき揚げで知られる
船橋屋明治19年(1886年)新宿別注のごま油で揚げ、藻塩などで味わう。大正の初めに天丼を売り出した記録も
大黒家天麩羅明治20年(1887年)浅草ごま油だけで揚げたきつね色の天ぷらと、甘辛く濃いタレの天丼
つな八大正13年(1924年)新宿アイスクリームの天ぷらの元祖といわれる。海外からのお客にも人気
天一昭和5年(1930年)銀座国内外の要人に愛されてきた名店。1998年にはクリントン米大統領(当時)も訪れた

創業年は各店の公式サイトや紹介記事・番組によります。営業時間や定休日、支店の場所は変わることがあるので、出かける前に各店の公式情報をご確認ください。

浅草なら、雷門のすぐ近くに三定と大黒家があり、ごま油の香ばしい匂いが通りまで漂ってきます。銀座では、カウンター越しに職人の手さばきを眺めながら、揚げたてを1品ずつ味わう贅沢を。新宿の船橋屋やつな八は、買い物のついでにも立ち寄りやすい老舗です。

八

おいしい食べ方

  • 揚げたてを、すぐに。天ぷらは時間がたつほど衣が湿気を吸います。出されたら、熱いうちにどうぞ。
  • 天つゆと大根おろし。大根おろしを天つゆに溶かして、衣の先を軽くつけます。大根おろしは口の中をさっぱりさせてくれます。
  • 塩で素材を味わう。キスや野菜、イカなど、淡い味のタネは塩もおすすめ。天つゆと塩、決まりはないので、好みで使い分けて。
  • カウンターでは、出された順に。お店では、揚げたそばから1品ずつ出してくれることも。置いておかずに、出されたらすぐ食べるのが、揚げ手もいちばん喜ぶ食べ方です。

結 — 一枚まとめ

  1. 天ぷらのルーツは16世紀の南蛮料理。家康が「天ぷらで死んだ」は俗説。
  2. 18世紀後半、江戸の屋台で串に刺した天ぷらが人気に。のちに店を構え、天丼やお座敷天ぷらが生まれた。
  3. 関東はごま油・天つゆ、関西は軽い衣・塩が傾向。西日本では、すり身揚げを「てんぷら」と呼ぶ地域も。
  4. 定番は海老・キス・穴子・イカ・野菜・かき揚げ。天丼や天ぷらそばもぜひ。
  5. さくっと揚げるコツは冷たい衣・170〜180℃・入れすぎない。食べるなら揚げたてをすぐに。

参考

歴史上の年代や語源には諸説あります。関東・関西の違いは一般的な傾向です。写真は Wikimedia Commons で再利用が認められているもので、撮影者とライセンスは各写真の下に記しました。浮世絵はメトロポリタン美術館の所蔵品(CC0)です。図とイラストは筆者が作成しました。

グルメノート No.3 — 天ぷらのはなし / 2026.10

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