Food Notes / 2026 ・ No.04
焼肉のはなし
戦後の街角から、日本の「ごちそう」になるまで
公開
網の上でじゅうっと音を立てる肉、立ちのぼる煙、甘辛いタレの香り。
お祝いにも、がんばった日のごほうびにも、焼肉は日本人にとって特別な「ごちそう」です。
でも、肉を食べることが長く禁じられていたこの国で、焼肉はいつ、どのように生まれたのでしょう。
この記事では、焼肉の歴史を年表でたどり、部位の図鑑、焼く道具、ご当地焼肉の地図、名店、安全でおいしい食べ方まで紹介します。
焼肉とは
焼肉は、牛や豚の肉や内臓(ホルモン)を、テーブルの網や鉄板で自分で焼き、タレや塩をつけて食べる料理です。ルーツは朝鮮半島の肉料理にありますが、もともとは店の側が肉を焼いて出す形でした。お客が自分で焼いてつけダレで食べるいまのスタイルは、日本で生まれたものといわれています。
「焼肉」という言葉そのものは古く、1872年(明治5年)の仮名垣魯文『西洋料理通』に、西洋の焼いた肉料理の訳語として登場します。ただし、いま私たちが思い浮かべる「焼肉」が広まったのは、第二次世界大戦の後のことです。
肉を食べなかった国の焼肉史
肉食禁止の1200年
675年、天武天皇は仏教の教えにもとづいて、牛・馬・犬・鶏・猿の肉を食べることを禁じる詔を出しました。この禁令は形を変えながら約1200年続き、日本人は表向き、獣の肉をほとんど食べずに暮らしてきました。
流れが変わったのは明治です。1872年、明治天皇が肉食を解禁し、自らも肉を口にしました。文明開化の味として牛鍋が流行し、1877年には東京だけで牛鍋屋が550軒を超えたといいます。ただ、明治以降も肉は主に煮る・炒める・揚げる料理で、「焼いて食べる」のが一般的になるのは、もっと後のことでした。
「ホルモン」と、戦後の焼肉店
内臓料理は、戦前から「ホルモン料理」の名で知られていました。1930年代には東京の料理店が新聞広告で「ホルモン料理」を宣伝しています。「ホルモン」の語源は、関西弁の「放るもん(捨てるもの)」だという話が有名ですが、言葉の研究者からは俗説とされ、医学用語の「ホルモン」にあやかって「精がつく料理」という意味で名づけられたと考えるのが自然だといわれています。
戦後の焼け跡では、手に入りやすかった牛や豚の内臓を直火で焼いて出す屋台が生まれ、そこで在日コリアンの人々が大きな役割を果たした、という説が広く語られています。そして1946年、東京・新宿に「明月館」が、大阪・千日前に「食道園」が開業しました。この2軒は、焼肉店の元祖として知られています。食道園では当初、メニューはカルビ(あばらまわりの肉)とロース(それ以外)の2種類だけだったといいます。
1954年には、新宿の「長春館」が、お客が自分で七輪で焼くスタイルを始めました。店ではなくお客が焼く、いまの焼肉の形の草分けといわれています。
家庭へ、そして街じゅうへ
焼肉が家庭に入ったきっかけのひとつが、市販の焼肉のたれです。エバラ食品が1968年に「焼肉のたれ」を発売して大ヒット、1978年には果物の甘みを生かした「黄金の味」が続きました。ホットプレートの普及も手伝って、焼肉は「家族で囲むごちそう」になっていきます。
店の焼肉を変えたのは無煙ロースターです。網の下へ煙を吸い込む装置で、1980年には販売が始まっていました。煙やにおいが気になりにくくなり、おしゃれな焼肉店が一気に増えたといわれます。
1991年には牛肉の輸入自由化が行われ、輸入牛肉の消費が増えます。1976年に六本木で開業した高級店叙々苑、1996年に1号店を開いたチェーンの牛角など、価格帯の違うさまざまな焼肉店が街に広がりました。
試練と、新しいかたち
2001年、国内でBSE(牛海綿状脳症)が発生し、牛肉の消費は大きく落ち込みました。2011年には富山県と福井県で生肉による食中毒事件が起き、同年10月から生食用の牛肉に厳しい基準が設けられ、2012年7月からは牛レバーを生で提供することが禁止されました。焼肉は「よく焼いて食べる」料理として、安全への意識を高めながら歩んできたのです。
そして2018年、東京・新橋に一人焼肉のファストフード型の店「焼肉ライク」が開業。焼肉は、大勢で囲むごちそうでありながら、一人でさっと楽しむ日常の食事にもなりました。
年表で見る焼肉の歩み
焼肉の起源には諸説あります。戦後の屋台に始まるという説も、確かな記録で裏づけられているわけではありません
部位図鑑 ── 精肉とホルモン
焼肉店のメニューは、大きく精肉(肉)とホルモン(内臓)に分かれます。まずは精肉の部位を、牛の体の上で見てみましょう。
牛の体と、焼肉の部位
| メニュー | 部位 | 味わい |
|---|---|---|
| タン | 舌 | さくっとした歯ごたえ。薄切りを塩とレモンで。厚切りも人気 |
| ロース | 肩から腰の背肉(肩ロース・リブロース・サーロイン) | きめが細かくやわらか。霜降りが入りやすい |
| カルビ | あばら骨まわりのバラ肉 | 赤身と脂が層になり、こってり。タレでご飯と |
| ハラミ・サガリ | 横隔膜 | 見た目は赤身でやわらか。分類はホルモン |
「カルビ」は朝鮮語で「あばら骨」を意味する言葉から来た呼び名で、精肉店でいう「バラ」にあたります。ハラミとサガリはどちらも横隔膜の筋肉で、横隔膜のうち腰椎に近い部分をサガリ、それ以外をハラミと呼び分けます(北海道などでは、ハラミをサガリと呼ぶこともあります)。
ホルモン図鑑
牛には胃が4つあり、それぞれ名前も食感もまったく違います。腸や肝臓、心臓とあわせて、ホルモンの代表的な部位を並べてみました。
ホルモンの代表選手
関西では、切り開かずに丸いままの小腸をマルチョウ、切り開いたものをコテッチャンと呼ぶこともあります
焼く道具いろいろ
同じ肉でも、何で焼くかで味わいが変わります。焼肉店でよく見かける3つの道具を紹介します。
七輪・無煙ロースター・ジンギスカン鍋
このほか、十和田のバラ焼きや津山のホルモンうどんのように、鉄板で焼いたり炒めたりするご当地料理もあります。
ご当地焼肉をめぐる
焼肉は全国どこでも食べられますが、土地ごとに名物の焼肉料理や焼肉の街があります。地図の番号を押すと、それぞれの説明へ移動します。
北から南へ、ご当地焼肉マップ
1. 北見(北海道) ── 七輪で焼く、焼肉の街
オホーツク地方の北見市は、人口あたりの焼肉店の数が北海道一といわれ、市内には70軒以上の焼肉店があります。1950年ごろの屋台に始まり、七輪で牛のサガリや豚ホルモンを焼き、玉ねぎやリンゴの甘みを生かした「生ダレ」につけて食べるのが北見流。冬には、氷点下の屋外に1,000台を超える七輪が並ぶ「北見厳寒の焼き肉まつり」が開かれます。
2. 北海道 ── ジンギスカン
中央が盛り上がった専用の鍋で、薄切りの羊肉と玉ねぎ、もやしなどの野菜を焼くジンギスカン。名前からモンゴル料理と思われがちですが、昭和のはじめに、当時さかんに生産されていた羊肉をおいしく食べてもらおうと北海道で考え出された料理です。肉から出た肉汁が、まわりの野菜にしみていきます。
3. 十和田(青森) ── バラ焼き
牛バラ肉と玉ねぎを、ニンニクやリンゴを使った甘辛い醤油ダレで味つけし、鉄板で焼く「十和田バラ焼き」。昭和30年代前半、近くの三沢基地の米軍が牛の赤身ばかりを食べ、脂身や内臓が安く手に入ったことから生まれたといわれます。玉ねぎの上に肉を積み上げて焼く「タワー焼き」が目印で、2013年のB-1グランプリではシルバーグランプリに輝きました。
4. 盛岡(岩手) ── 焼肉店で食べる盛岡冷麺
盛岡では、焼肉の〆といえば冷麺。1954年、盛岡の焼肉店「食道園」で出された冷麺が始まりとされます。創業者は、朝鮮半島北部の平壌冷麺のまろやかな牛骨スープに、咸興冷麺のキムチの辛さを組み合わせ、麺も小麦粉を主にしたコシの強い半透明の麺にしました。いまでは「わんこそば」「じゃじゃ麺」と並ぶ盛岡三大麺のひとつです。
5. 東京・新宿 ── 元祖の老舗
新宿は、1946年創業で「東京で初めての本格的焼肉店」といわれる明月館と、1954年創業で「お客が七輪で焼くスタイルの草分け」といわれる長春館がある街です。戦後まもない頃から続く店で、焼肉の歴史の始まりに触れることができます。
6. 大阪・鶴橋 ── 焼肉とホルモンの街
大阪は焼肉店が多いことで知られ、なかでも鶴橋は関西随一のコリアンタウン。戦後、駅のまわりに露店が集まって市場ができ、いまも韓国食材の店と焼肉店がひしめいています。駅に降りると、焼肉の香りに包まれるほどです。
7. 津山(岡山)・佐用(兵庫) ── ホルモンうどん
鉄板でホルモンと野菜を焼き、うどんを加えて甘辛いタレでからめる「ホルモンうどん(ホルモン焼きうどん)」。岡山県津山市では、鉄板焼きの店で酒のつまみの「ホルモン焼き」にうどんを入れて〆にしたのが始まりで、常連客の間で広まったといわれます。市内に食肉処理場があり、新鮮なホルモンが手に入りやすい土地柄も背景にあります。兵庫県佐用町の名物としても知られています。
老舗と名店
焼肉の歴史をつくってきた店と、焼肉の楽しみ方を広げた店を、開業の古い順に紹介します。
| 店名 | 開業 | 場所 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| 明月館 | 1946年 | 東京・西新宿 | 東京で初めての本格的焼肉店といわれる |
| 食道園 | 1946年 | 大阪・宗右衛門町 | 焼肉の元祖のひとつ。カルビとロースから始まった。冷麺も名物 |
| 長春館 | 1954年 | 東京・新宿 | お客が七輪で焼くスタイルの草分けといわれる |
| 食道園(盛岡) | 1954年 | 岩手・盛岡 | 盛岡冷麺の発祥の店とされる焼肉店 |
| 叙々苑 | 1976年 | 東京・六本木(1号店) | 直営の高級焼肉店として全国の主要都市に展開 |
| 牛角 | 1996年 | 東京(1号店) | 店舗数で国内最大級の焼肉チェーン。海外にも展開 |
| 焼肉ライク | 2018年 | 東京・新橋(1号店) | 一人焼肉のファストフード型の店。タッチパネルで注文し、一人でも気軽に |
開業年は各社の紹介や報道、テレビ東京「アド街ック天国」などによります。営業時間や店舗の場所は変わることがあるので、出かける前に各店の公式情報をご確認ください。
おいしく、安全に食べるコツ
焼肉に決まったルールはありませんが、あっさりしたものから、こってりしたものへ進むと、最後までおいしく食べられます。タン塩が最初に出てくることが多いのは、塩で食べるあっさりした味であることに加え、網が焦げつきにくいからです。
焼く・食べる順番の目安
- 中心までしっかり焼く。生の肉や内臓には、腸管出血性大腸菌やカンピロバクターなどの食中毒菌がついていることがあります。とくにタレに漬けた肉やレバーは、中まで菌が入っていることがあるので、生焼けを残さないように。
- トングと箸を分ける。生肉をつかむトングと、食べる箸は別にしましょう。お店でも家庭でもバーベキューでも同じです。
- 焼きすぎにも注意。薄切りのタンやロースは、表面の色が変わったら返して、さっと仕上げるとやわらかく食べられます。
- 網は交換してもらう。焦げついた網では肉がくっつき、苦みも出ます。気軽に交換を頼みましょう。
牛レバーは2012年から、豚の肉やレバーも現在は、生食用として販売・提供することが禁止されています。子どもや高齢者など抵抗力の弱い人は、とくに肉の生食を避けてください。食中毒が疑われる症状が出たときは、早めに医療機関を受診しましょう。
ちなみに、8月29日は全国焼肉協会が定めた「焼肉の日」。「や(8)き(2)にく(9)」の語呂合わせです。
結 — 一枚まとめ
- 日本は約1200年、肉食を避けてきた国。1872年の肉食解禁から、肉の料理が広まった。
- 焼肉店の元祖は1946年の新宿「明月館」と大阪「食道園」。お客が自分で焼き、タレにつけるスタイルは日本で育った。
- 焼肉のたれ・無煙ロースター・輸入自由化で、焼肉は家庭と街に広がった。
- 精肉はタン・ロース・カルビ・ハラミ、ホルモンは4つの胃と腸、レバー、ハツ。
- 北見、ジンギスカン、十和田バラ焼き、盛岡冷麺、鶴橋、ホルモンうどんと、ご当地焼肉も多彩。食べるときは中まで焼いて、トングと箸を分けて。
参考
- nippon.com ── 日本の肉食の歴史
- コトバンク ── 焼肉(日本国語大辞典ほか)
- 考える人(新潮社) ── 飯間浩明「ホルモン焼き」
- PRESIDENT Online ── 食道園と「ほぼロース時代」
- ぐるなび ── 食道園 宗右衛門町本店
- テレビ東京「アド街ック天国」 ── 昭和の新宿(明月館・長春館)
- 大阪観光局 ── 焼肉・ホルモン
- エバラ食品 ──「黄金の味」発売35周年
- シンポ株式会社の沿革(無煙ロースター)
- 農畜産業振興機構 ── 牛肉の輸入自由化とBSE
- 島根県 ── 生食用食肉の規格基準
- 厚生労働省 ── 牛レバーの生食用の販売・提供の禁止
- DELISH KITCHEN ── 牛肉の部位(カルビ・ロース・ハラミ)
- 農林水産省 aff ── 牛の内臓(ホルモン)の部位
- 農林水産省 aff ── 焼肉・ホルモンを安全に食べるために
- 北海道公式観光サイト ── 北見の焼き肉
- 農林水産省 ── 郷土料理:ジンギスカン
- 星野リゾート ── 十和田バラ焼き
- @DIME ── 盛岡冷麺の歴史
- 大阪観光局 ── 鶴橋
- 岡山観光WEB ── 津山ホルモンうどん
- マイナビ ── 叙々苑 会社概要
- KADOKAWA ── 牛角の本(1996年創業)
- 日本食糧新聞 ── 焼肉ライク
- 日本食糧新聞 ── 焼肉の日
歴史や語源には諸説あります。写真は Wikimedia Commons で再利用が認められているもので、撮影者とライセンスは各写真の下に記しました。図とイラスト、地図は筆者が作成しました(地図は国土地理院「地球地図日本」をもとにしたデータを使用)。
グルメノート No.4 — 焼肉のはなし / 2026.10